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閑話「マイナス3.5 冬の記憶①」

「意気地なしで臆病者の君に、呪いをかけてあげる」

「おまじない?」

「そうさ。勇気の出るお呪い」

 

 

 時間は少し遡る。僕にとっては少しだけど、まだ十三年と半分しか生きていない君にとっては「かなり前」になるかな。

 今とは真逆の冬の出来事だ。ことの始まりは君の十歳の誕生日より少し前だった。

 

★☆★

 

 小学校四年生の冬、だんだんと寒さが強くなる十二月のこと。赤星雪菜は来たる二十日に誕生日を控えていた。

 生来より雪菜の双眸は、本来ヒトの目には見えないものすらも捉えることができた。

 それらは一般にはこの世ならざるものとされる妖怪変化であり、雪菜がそれらを視られると告げたならば、他人に観測できないものはただの妄想であると、見えない恐怖を退けるように「嘘つき」のレッテルを貼られてきた。

 幼少期からの学習により、次第に自らの特異性を口外しなくなった九歳の雪菜は、何よりも「友人から嫌われること」を一番恐れるようになっていた。

 

 雪菜持ち前の思いやりと快活な性格により、小学校に上がってからの交友関係に特段の綻びが出ることはなかった。しかし、ふとしたことだった。雪菜がもつ一般的と信じた価値観が他人と衝突すると知ったのはこの歳になってからだ。

 

 クラスメイトに注意をしたのだ。雪菜にとっては記憶にも残らないような些細な、注意をされても当たり前のことだった。そういう教育を家庭内で受けてきた。自分の正義感が特別強いなどとは考えたこともなかったが、どうやら相手の児童にとってはそうだったらしい。同時に、その児童にとっては大変不愉快な出来事だったようだ。

 雪菜にとって不幸だったのは彼がクラス内でも一番声の大きいグループの一員であり、彼らがいわゆる「やんちゃな子どもたち」だったこと。そして、雪菜が親しくする大人しいクラスメイトたちが彼らの空気感に支配されてしまったことだ。

 

 クラス内の雰囲気が変わったと雪菜が悟ったのは、注意から翌日のことだった。そこからしばらくの間、やんちゃ坊主たちの監視の目が続く。発言のたびに「正論おばけ」などと揶揄をされ続ける雪菜の横に立とうとする友人は減り、当時一番過ごす時間が長かった女子児童から女子トイレでこう言われたのをよく覚えている。

 

「たしかにね、雪菜ちゃんはいつも正しいよ。だからあなたのお星様、とても綺麗でまっすぐで、悪いことをしたひとにはちょっと痛いの」

 

 そうしてその子は、「どれだけ正しくても、思ったことをなんでもかんでも言っちゃいけないよ」と雪菜に助言したのだ。

 今にして思えば、当時の雪菜に提示された最も適切な処世術だった。相手の楽しい時間にピシャリと水をさしてはいけない。今度はあなたが目をつけられてしまうから。

 

 週も明ければ、新たな芽を産まない雪菜にやんちゃ坊主たちもからかうには飽きたようで、口をつぐんだ雪菜の周りには友人たちが次第に戻ってきていた。次の週明けに迎えた雪菜の誕生日も、その友人たちから祝いの品や言葉をもらった。

 しかし、言ってはいけないと思えば思うほど、いやに意識して他人の行動を見てしまうものだ。注意をしなかった、されなかったからといって全ての行いが正当化されるわけではない。粗探しをしているようで気が滅入るが、言えたら、気づかせたら変わるはずだとも心のどこかで信じたまま。

 

 口から吐き出せずに溜まっていく綺麗事のお星様。チクチクと喉の内側を刺していく感覚がつきまとう。

 学校も冬休みになり、楽しいイベントに目を向けることで気を紛らわせていた。年が明けて三学期も目前に迫る頃、宿題はとっくに終わっているのに、学校に行くことを憂鬱に思うのも十歳の雪菜には初めてのことだった。

 

 

★☆★

 

 さて、ここまでが前提のおはなし。本題はここからだ。

 

②へ続く(更新休止 再開時期未定)

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